経歴一覧
PDF

1950年
岩手県一関市に生まれる。子供時代は映画館の映写室の隣が自室。部屋の明かりを消し、小窓から映画を毎日観て過ごす。

1969年
岩手県立一関第一高等学校卒業。上京し、アテネフランセ文化センター主催のシネクラブのスタッフとして勤務する傍ら、フランス語を学ぶ。

1971年
渡仏。南仏のエックス・アン・プロバンス大学を経て、パリ第7大学に留学。同大学にて「パリ日本映画クラブ」を主催(後援:日本大使館・日本航空)。4年間で約300本の日本映画をフランスに紹介。又、日本大使館の依頼で、フランス各地でも日本映画週間を開催。

1975年
キネマ旬報社、角川書店の月刊誌等と特派員契約を結び、ジャーナリスト活動を開始。ルネ・クレマン監督、多くのフランス映画人と親交を結ぶ。

1983年
『ヨーロッパ特急』(東宝)で映画の制作プロデューサーを務める。

1984年
『パーキング』(ジャック・ドゥミ監督)にキャスティング協力。

1984年
帰国。東京国際映画祭創設に基本計画策定委員として参加。

1985年
第1回東京国際映画祭の協賛企画、東京国際ファンタスティック映画祭 (〜2000年)のプロデューサーに任命される。同映画祭は若年層の映画ファンに熱狂的に支持され、当初は隔年開催だった東京国際映画祭( 91 年より毎年開催)の全企画の中で唯一、毎年開催の部門となり、ホラー映画、香港映画、インド映画等の多くの流行を生み出す。

以降、ロバート・レッドフォードがアメリカで催している映画祭を日本に紹介する「サンダンス映画祭 in TOKYO 」(1987年・1989年)を手がけ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭(北海道夕張市 / 1990年〜2006年)には創設段階から関わり、当時の日本に於いては未だ珍しかった、映画祭プロデューサーがメインの職業となる。


                 次のページ